『トンイ』や『チャン・オクチョン〜愛に生きる』など、名作ドラマにもたびたび登場する粛宗は、朝鮮王朝第19代の王として、激動の政治と愛憎渦巻く宮廷生活を送った人物です。
特に注目されるのが、彼をめぐる「王妃・側室たち」の存在。張禧嬪(チャン・ヒビン)・淑嬪 崔氏(トンイ)・仁顕王后といった女性たちとの関係性は、時代劇のストーリーそのもの。
この記事では、粛宗の側室は何人いたのか?、家系図から読み解ける人物関係、そして登場する韓国ドラマの見どころまで、わかりやすく紹介していきます。
粛宗とは?読み方・どんな王だった?
粛宗(スクチョン)は、李氏朝鮮の第19代王で、在位期間は1674年から1720年まで。名前の読み方は「スクチョン」。父・顕宗の急逝により14歳で即位し、約46年間にわたり王位を守りました。
粛宗は政治的バランス感覚に優れた人物で、党争が絶えなかった当時の朝廷で何度も勢力交代(換局)を行い、王権を守ってきました。
『粛宗実録』などの記録によると、彼は感情表現が豊かで、時には激怒して強い命令を下すこともありましたが、その後に撤回するなど、人間らしい迷いも見せたとされています。
一方で、政権運営においては非常に理知的かつ戦略的な判断を下し、冷静に王権を維持していた一面も記録されています。
なお、韓国時代劇では粛宗は感情豊かで親しみやすい人物として描かれることが多く、特に『トンイ』では、庶民出身のトンイに心を開いていく姿が印象的です。
粛宗の側室は何人?家系図と王妃・側室たちとの関係
粛宗の家系図

粛宗は第16代・仁祖の曾孫にあたり、王位は孝宗→顕宗→粛宗へと継承されました。
粛宗には3人の正室がいましたが、いずれも男子をもうけることはありませんでした。そのため王位は側室の子に継承されています。
粛宗の側室は何人?王妃と側室たち
粛宗には、正室が3人、側室が6人いました(※禧嬪張氏は一時的に王妃に昇格したため、正室として数えられる場合もあります)。
【正室】
- 仁敬王后 金氏(1661年 – 1680年):光城府院君金万基の娘。2人の公主をもうけたが、いずれも早世。
- 仁顕王后 閔氏(1667年 – 1701年):驪陽府院君閔維重の娘。己巳換局で一時廃位されたが後に復位。子どもなし。
- 仁元王后 金氏(1687年 – 1757年):慶恩府院君金柱臣の娘。子どもなし。
【側室】
- 禧嬪 張氏(1659年 – 1701年):議政府領議政張炯の娘。一時王妃に昇格。景宗の母。
- 淑嬪 崔氏(トンイ)(1670年 – 1718年):贈領議政崔孝元の娘。英祖の母。
- 䄙嬪 朴氏(〜1703年):延齢君の母。
- 寧嬪 金氏(1669年 – 1735年):成川副使金昌国の娘。子どもなし。
- 貴人 金氏(1690年 – 1735年):子どもなし。
- 昭儀 劉氏(〜1707年):子どもなし。
なお、王妃・側室合わせて9人という人数は、李氏朝鮮後期の国王としては比較的多い部類に入ります。
朝鮮王朝前期には側室の人数が多い王も珍しくありませんでしたが、後期に入ると儒教的な倫理観が強まり、王の私的生活や後宮の規模に対する社会的な視線も厳しくなったため、側室の数は減少傾向にありました。
そうした中で粛宗の後宮が多かった背景には、約46年という長期政権であったことに加え、派閥政治が激化する中で、側室の出自や家門を通じて政治的なバランスを取る必要があったことが考えられます。
特定の派閥に偏らず王権を維持するために、後宮を通じた政略的判断が行われていた可能性もあります。
注目の3人:仁顕王后・張禧嬪・淑嬪崔氏(トンイ)
粛宗の後宮の中でも、とりわけ注目されるのがこの3人の女性たちです。それぞれがドラマの主人公にもなっており、史実とフィクションの両面から多くの関心を集めています。
仁顕王后(仁顯王后 閔氏)
礼儀正しく誠実な性格で知られ、儒教的な理想の王妃像に近い存在でした。一時は張禧嬪の台頭によって廃妃となりますが、のちに復位。清廉な姿勢が民衆にも支持され、『トンイ』では静かで思慮深い人物として描かれました。
禧嬪 張氏(チャン・ヒビン)
もともとは宮女でしたが、粛宗の寵愛を受けて側室となり、後に王妃に昇格。野心家であり、政治的な後ろ盾を得て南人派と結びつくなど、後宮の権力争いの中心的存在となりました。最終的には呪詛事件で賜死となりますが、ドラマでは華やかで強い女性として描かれることが多いです。
淑嬪 崔氏(トンイ)
庶民出身の宮女ながら、誠実さと機転で粛宗の信頼を得て側室に。張禧嬪の処刑後に勢いを増し、後の英祖を産んだことでも知られます。『トンイ』では彼女の波乱の人生がドラマチックに描かれ、粛宗とのあたたかい交流が印象的です。
粛宗の子供たち:景宗と英祖
景宗:早くに世子となった苦悩の王子
粛宗の長男・景宗(けいそう)は、母・張禧嬪との間に生まれました。幼少期から聡明で書道にも優れ、粛宗も誕生を非常に喜び、3歳という異例の早さで世子(次期王)に立てています。
しかし、1694年に母・張禧嬪が中殿から嬪に降格され、1701年には呪詛の罪により処刑されると、景宗自身の立場も不安定になります。父・粛宗との関係は冷え込み、景宗は強い孤独と不安の中で育ったといわれ、やがて憂鬱症を患ったとも伝わります。
その後、1720年に粛宗が崩御したのを受けて即位しますが、体が弱く在位わずか4年で病死。政治的実績を残すには至りませんでした。
英祖:粛宗晩年の信頼と、長期政権へ
一方、次男・延礽君(えんようくん/のちの英祖)は、母・淑嬪・崔氏(トンイ)との間に生まれました。景宗の異母弟になります。
張禧嬪の失脚後、粛宗の信頼を得て育ち、景宗の治世中に老論派の支持を受けて「世弟(次期王候補)」に指名されます。
英祖は即位後、52年という歴代最長クラスの在位期間を誇り、王朝後期の安定に大きく貢献しました。
粛宗が登場する韓国ドラマ作品紹介
1. トンイ(2010年、MBC)
- 概要: 粛宗の側室となり、後に第21代王・英祖の生母となる淑嬪崔氏(トンイ)の生涯を描いた作品です。最下層の身分から宮廷に入り、粛宗の寵愛を受けるまでの波乱万丈な物語が展開されます。
- 粛宗の描写: 演じた俳優チ・ジニによって、粛宗は型破りでダンディな君主として描かれました。彼は知略に長けた政治家である一方、トンイへの愛情深さや人間味が強調されています。このドラマは視聴者に粛宗を「親しみやすい名君」として印象付けました。
2. チャン・オクチョン〜愛に生きる(2013年、SBS)
- 概要: 朝鮮三大悪女の一人とされる張禧嬪(チャン・ヒビン)との愛憎劇を中心に描いた作品です。張禧嬪は粛宗の側室から王妃となり、その後失脚するという波乱の人生を歩みました。
- 粛宗の描写: ユ・アインが演じた粛宗は、絶対的な権力者でありながら純粋な愛にも悩む複雑な人物として描かれています。彼の政治的カリスマ性と感情的な葛藤がバランスよく表現されています。
3. テバク〜運命の瞬間〜(2016年、SBS)
- 概要: 粛宗と側室ボクスンとの間に生まれた子供たちを中心に展開される物語で、特に英祖即位前後の権力闘争や陰謀を描いています。
- 粛宗の描写: チェ・ミンスが演じた粛宗は、威厳ある統治者として描かれていますが、ドラマ全体では彼よりも次世代(英祖やその兄弟)の葛藤や成長が主軸となっています。
4. ヘチ 王座への道(2019年、SBS)
- 概要: 粛宗の晩年から死後にかけて、英祖が即位するまでの王位継承と派閥政治の葛藤を描いた作品です。
- 粛宗の描写: キム・ガプスが演じた粛宗は、若い英祖(延礽君)に対して信頼を寄せながらも、王位継承に慎重な姿勢を見せる思慮深い王として登場します。派閥政治に苦悩しながらも、次代への責任を静かに受け止める姿が印象的で、晩年の落ち着いた名君として描かれています。
粛宗の政治と晩年
換局と党争の背景
粛宗の治世は、党派が交錯する政治の中心地となった時代でした。朝廷を二分した南人と西人の派閥争いに対し、粛宗はその時々の情勢を見極め、3度にわたる政権交代(換局)を断行します。この大胆な政治手法は、王権を脅かす勢力を抑えつつ、常にバランスを取りながら統治を進めていく粛宗の知略を象徴しています。
その背景には、張禧嬪や仁顕王后をめぐる対立や、後宮を巻き込んだ政治の駆け引きも絡んでおり、まさにドラマさながらの展開が史実として存在していたのです。
実際、『チャン・オクチョン〜愛に生きる』や『ヘチ 王座への道』といったドラマでは、こうした党争や権力闘争がリアルに描かれ、史実の緊張感が作品に深みを与えています。
側室から王妃への昇格を禁じた粛宗の法律
粛宗は1701年、側室が王妃に昇格することを明確に禁じる法律を制定しました。
これは、張禧嬪(チャン・ヒビン)が側室から王妃に昇格し、のちに呪詛事件で処刑されるという一連の騒動の後に制定されたものです。
ドラマ『トンイ』では、トンイが粛宗から深く信頼されていましたが、王妃にはなれませんでした。実際、淑嬪・崔氏は英祖の母として大きな影響力を持ちましたが、地位は「嬪」のままでした。
この法律が制定された1701年は、仁顕王后の死と張禧嬪の処刑が立て続けに起きた年でもあります。
粛宗はこうした混乱の末に、側室と王妃の関係に明確な一線を引いたと考えられています。
晩年と死因、王位継承
晩年の粛宗は健康状態が悪化し、政務の多くを息子・延礽君(のちの英祖)に任せるようになります。粛宗は1720年に自然死で崩御しましたが、その後の王位継承をめぐっては、景宗の即位と短い治世、そして英祖への継承という流れがありました。
特に粛宗の死後も、英祖の生母である淑嬪・崔氏(トンイ)や、景宗の母であった禧嬪・張氏の影響が政治的に尾を引きました。
張氏はすでに処刑されていましたが、その支持派と反対派の対立は景宗の治世に続き、さらに英祖の即位をめぐる派閥の緊張を引き起こしました。後宮の女性たちの存在が、政治的な均衡や王位継承にも深く関わっていたのです。
【豆知識】中国の粛宗との違いに注意
粛宗という名前は中国・唐の皇帝(唐粛宗:玄宗の子)にも見られますが、この記事で紹介しているのは李氏朝鮮の粛宗(第19代王)です。
検索結果では両者が混同されることがあるため、朝鮮王朝の粛宗に関する情報を探す際は「李氏朝鮮 粛宗」や「朝鮮王朝 粛宗」などのキーワードを併用すると正確な情報にたどり着きやすくなります。
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まとめ:粛宗と朝鮮王朝をより深く楽しむために
粛宗は、複雑な党派政治と宮廷の権力争いの中で、巧みに王権を維持し続けたその姿は、政治家としての知略と、人間味のある葛藤が同居する興味深い人物像として残されています。
また、張禧嬪・仁顕王后・淑嬪崔氏といった強い個性を持つ女性たちとの関係も粛宗を語る上で欠かせず、多くの韓国時代劇で粛宗が描かれているのも納得です。
ドラマをきっかけに粛宗という王を深掘りすることで、歴史の面白さとドラマの奥行きを同時に味わうことができます。ぜひ、人物相関や家系図なども参考にしながら、朝鮮王朝の世界をより深く楽しんでください。